備忘録

書きたいことや思ったことの殴り書き。

バンコクへ

院試の面接が終わったと同時に、バンコクへ向かうためそのまま成田空港へと向かった。

風邪気味だし身体は重たいけれど航空券を取ってしまった以上空港に行く以外の選択肢がない。

今回は6日間。研究室やらバイトの日程を考えるとこの日数がギリギリ。(※研究室にもバイト先にも言ってない)

バンコクはトランジットでの観光とかを合わせるとなんやかんやでもう4回目。コペンハーゲン留学の時の友達にバンコクに旅行しようと誘われてて、一度断ったけどよくよく考えたら行けることに気づいたのが院試の2週間前。どうせ行くなら突然行った方が面白いなって思って一部以外には知らせずにアポなし突撃訪問inバンコク。そこで3日ほど過ごしたあとラオスビエンチャンへ。こちらはただの観光で、目的もないけれど、行ったことない国で安いところを探したら必然的にそうなった。

 

流石に4回目だと色々慣れてきてはいるので、1時に空港について素早く出国、SIMをちゃちゃっと契約して15分後にはタクシーに乗って宿へ。サプライズ登場をしてほとぼりが冷めたあたりで冷静に風邪をひいていたことを思い出して就寝。

 

正直バンコクは友達に会うのが一番の目的だったので、もうこの時点でやりたいことは果たしていたわけで、ここからは全部友達のプランに追従。それはそれで一人じゃ絶対行かないようなところに行けるから良い。

 

ということで水上マーケット。死ぬほど渋滞してて笑った。水上でお土産やらご飯が買えるのは新鮮で良い。次はローカルな水上マーケット見てみたいかも。

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近くにあったトレインマーケット。真ん中のおじさんは知らない。

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帰りはとにかくひどい渋滞で、2時間以上かかった。バンコクだと人数が多ければタクシーの方が割安なんだけど、むやみに乗ると時間だけがただただ食われていくのでそこら辺の選択はしっかりしていかないとなーって思うなど。

本当は夜みんなでクラブに行く予定だったのだけれどひたすらに頭が痛く完全に風邪が悪化している予感がしたので、クラブはパスして宿で爆睡。こういう時にタイだとセブンイレブンで冷えピタとポカリが手に入るので本当にありがたい。

21時ごろから朝8時まで爆睡して幾分か身体が軽くなったので、朝食を求めて外出。本当はセブンで何か買うつもりだったけれど、道中でおもむろにおばあちゃんが麺と草の入ったタッパーと、ビニール袋に入ったタレのようなものを売っていた。直感で美味そうだと感じたのでそれを買って宿へと踵を返す。

この時の自分の勘はドンピシャで当たっていて、やっぱりこれは美味しかった。病み上がりの人間が食べるものかどうかはひとまず置いておいて美味い。

ネットで調べて出てくる観光客向けの店よりもこういうローカルを突き詰めたような名もなき店のご飯の方が美味しいことが多い、と思う。

 

朝食を食べたあと、午前中は近くのカフェに行ったりダラダラして、午後は高級ホテルの上層階にあるいかにもインスタ映えしそうなプールへ。とはいえ前日まで明らかに熱を引いていたのでプールサイドで見守ることに。

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プールに入れなくてもジムやリラックスできるスペースもあるし、なにより景色が綺麗なのでいつまでも入れる。プール越しの景色は新宿御苑を思い出すなあと。

たださすが大気汚染がひどい街、数時間もいたら光化学スモッグで咳が止まらなくなってしまった。つくづく病弱だなと思ってしまう。

 

今回まだナイトマーケットに行けていなかったので、最寄りのナイトマーケットに行くことに。グーグルで調べて一番近いところに行くと妖しい雰囲気が漂っていて、あとあと調べたらパッポン通りで、望んでたナイトマーケットとは全然違ったから買い物もはかどらなかったけれど経験としてはこういう通りを通るのも悪くはない、と言い聞かせることに。

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そんなこんなでゆっくり楽しく遊んでいたらあっという間にバンコクでの日々が過ぎてしまって、いよいよ次はラオス

チーム愛とか去り際とか

個人的事情にて去年はどうしても優勝したかった分、去年の後半戦はだいぶ失望したし、太田宏介もそのうちの一人。

 

その分今年は「小川諒也めちゃくちゃ頑張れよ」って思ってたけど、シーズン始まってみるとベンチでもJ3でも腐らずにやってる6番の姿を見て、コースケも取り返すくらい頑張れ〜って思うように。

 

まあそれでもやっぱり本人としてはスタメンで出れないことに不満はあったんだろうし、残りの選手生命とか貰える金額を考えると行くのも止むなしと思うし、「東京愛とか言ってて結局こうかよ!」みたいなことも思わない。チーム愛でひたすらに1チームにこだわり続けるのも一つの在り方だけど、サッカー選手たるものピッチでプレーをしたいという思いはあって当然だと思うから個人的にそこは尊重したい(名古屋でスタメンが確約されてるかといえば全くそんなことはないと思うけど)

 

ただまあ、仮にFC東京が優勝するとして、そこに名が刻まれるのは7年間もいた太田宏介ではなく、これから新しく来るかもしれない、加入半年の選手なんですよね。もったいない。

移籍の経緯は納得できるし禍根を残すほどの移籍ではないと思うけど、去り際見誤ってない?とか思ったり思わなかったり。

まあ清水から最悪の形で出てきた選手だからそこらへんは気にしてなさそうですけれど。

 

2013年天皇杯準々決勝のフリーキックは伝説的だったし忘れない。名古屋でスタメン貼れると良いっすね。

ポルトアレグレ

ポルト・アレグレという地名を耳にしたことはあっても、どこにあるのかは知らなかったし、グレミオというチームもまた耳にしたことはあれどどこのチームなのかは知らなかった。

そんな中、ウルグアイ戦がポルト・アレグレで行われることが1月に決まり、ジャエウという選手がグレミオからFC東京に移籍してくることが決まった。

ジャエウは特徴的なパフォーマンスをする選手だったので、「これはゲーフラにしたらかっこいいな」と思い、移籍が決まった瞬間にゲーフラ作りに取りかかった。ゲーフラを小平に持って行ったらものすごく喜んでくれたので作った甲斐があるものです。

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で、3月くらいからコパアメリカに行く準備を始めた時に、ポルト・アレグレこそがグレミオの本拠地であることを知った。

その時から「グレミオのホームスタジアムで試合やるならジャエウのゲーフラはとりあえず持って行こう」という考えがチラッと浮かんでいた。ジャエウがグレミオサポーターから熱烈に愛されていることはツイッターから容易に推測できたし、彼らに対して「ジャエウは日本でも愛されてるよ」というのをわかりやすく伝えたかったのと、言語によるコミュニケーションが不完全な中でそれを補完するツールとして持って行こうと思った。

 


ここブラジルでは基本的に英語が通じないからポルトガル語でのコミュニケーションが主流。スタジアムのような場所ならなおさら。そんな中でコミュニケーションを図ろうとした時にブラジルという国においてはサッカーというのは強力なツールで、冗談抜きでサッカーが言語となって信頼や友情が生まれうる。コリンチャンスサンパウロのファンに"O Palmeiras não tem mundial!”(サンパウロの主要チームの中で唯一パルメイラスのみが世界一になってないことを揶揄したジョーク)を言えばそれだけで仲良くなれるような世界。

日本人がほとんどいない中で声援を届けるにブラジル人に協力してもらう他ないということは前回のリオで学んだので、自分に出来ること-多少のポルトガル語とブラジルサッカーの知識で心を開いてもらうことで、彼らに日本を応援してもらおうと思っていて、ここポルト・アレグレにおいてはジャエウは言わば最強のツールだった。

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3年前のリオ五輪はサポーター有志の方々のカンパでハチマキを現地組で手分けして持ち込み、こんな感じで応援してもらったり。

 


ポルト・アレグレを散策する

試合当日のブラジルはキリストの聖体祭ということで国民の祝日。殆どの店が閉まり、路上で偽物のユニフォームや日用品を売る人がチラホラいる程度。町中ですれ違う人のほとんどは、やることがなく徘徊しているウルグアイ人だった。

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ポルト・アレグレのあるリオ・グランジ・ド・スル州はウルグアイに隣接した州ということで、首都のモンテビデオポルト・アレグレの距離は東京福岡程度。当日は大勢のウルグアイ人が自家用車やチャーターバスで押し寄せていた上に、この州にはもともと2万人以上のウルグアイ人が住んでいるらしい。

サンパウロでの第1戦も相当なチリ人が訪れていたが、それ以上のアウェイを覚悟した。

 


前試合のチリ戦で0-4で負けたせいか、ウルグアイサポーターには余裕ムードが漂っていて、"Good luck"と声をかけられたりこちらが「日本が勝つよ」と言っても鼻で笑われたり。ブラジル人の評価も厳しめで、「どう思う?」と聞かれたので「日本が勝つよ」と答えると「難しいと思うよ」と返されたり。

 


そんなやりとりを何回かしながら中心地をぶらぶら。サンパウロやリオの中心地に比べると幾分か平和な雰囲気で、カラフルな家が並びリオやサンパウロとはまた異なった印象を受けた。

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試合会場へ

試合会場へは地下鉄かタクシーの二択だったが、試合まで時間があるのでタクシーで近くまで行くことに。

ウルグアイ人の乗った車はクラクションを鳴らしまくりながら国旗を窓から出しているのですぐわかる。

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スタジアムに近づくにつれてスラムのような、明らかに低所得層が住んでいるような平屋が連なっている地域が出現した。ブラジルのファベーラは傾斜のある地域に多いイメージだったので、平地にそう言った地区が広がってるのは新鮮。雰囲気が明らかに周りとは違う。

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翌日スタジアムから撮った図。治安の悪さが見て伺える。

本来は幹線道路を伝ってスタジアムに直接タクシーで向かえるのだが、この日は交通規制がかかっており途中からは進むことができない。そこで降ろしてもらっても良かったのだが、運転手の好意でスタジアムの近くまでなんとか向かってくれることに。ブラジルは親切な人が本当に多い。そしてその運転手は果敢にそのスラムに近いような地区に突入した。普段なら絶対に通れないような場所だけれどこの日に限ってはそれなりに車の交通量もあるのでそれほど危険は感じない。そうこうしている間に、スタジアムにほど近い場所で降ろされた。降ろされた場所のすぐ横に、グレミオのエンブレムの書かれた建物があった。そこにはグレミオサポーターが溜まってて、ジャエウゲーフラを出すならここしかないと思った。


布一枚での交流

タクシーを降りてそっちに向かい、早速ジャエウの布を出すと「おいおいまじかよ!ジャエウじゃん!」と複数人が騒ぎ立て、即座にジャエウコールが起こり、瞬く間に人だかりが出来た。

反応のほとんどは好意的なものだけど「なんでジャエウの旗持ってるんだよー!」って聞かれるので、こっちは必死で"Jael jogo no meu time, Toquio!"と合ってんのかどうか分からないポルトガル語で伝えると「あー!」ってなり、「写真撮ろうぜ!」と笑

向こうは英語喋れない、こっちもポルトガル語はカタコト、スペイン語は全く喋れない状態ながらがっちり肩を組み写真を撮ったり、グレミオサポーターに「こっちに来いよ!」と言われグレミオのエンブレムの書かれた建物の中に入れてもらって記念写真を撮られたり。今思えば相当数がウルグアイグレミオサポーターだったと思うし、一緒にいた友達は「グレミオサポーターは極右が多いから気をつけて」と言われたらしい。けれども、この瞬間に限ってはウルグアイ人とか日本人とか関係なく、1人の選手を共に応援する人同士として、言語も人種も超えて通じ合えていたと思う。そういうきっかけを作ってくれたという意味でジャエウには感謝しかない。

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試合

いつまでも写真撮影やら交流を続けて居たかったものの気づいたらキックオフ1時間前。中に入って自分のブロックへ行くと複数人の日本人。どうやらある程度かたまっていたらしいので、そこで応援をすることに。3階席ながら、中立のブラジル人などが加勢してくれたおかげで、必死に日本コールやブラジルの応援歌をニッポンに変えた歌などでなんとか選手に声を届ける。

結果は三好の2ゴールで引き分け。現地で見てるとVARはシラケるのは言うまでもないけれど、それでも何度も何度もゴールを脅かされながらよく守ったと思うし、試合後にはスタジアムから拍手が。

そして試合後、帰る人と逆行してゲートから入ってくるグレミオユニフォームの人々が。「君ジャエウのフラッグ持ってるよね?」と笑 後々調べたらそれなりに話題になっていたみたいで、次の日も町中でグレミオファンに声をかけてみたら「君のフラッグの写真見たよー!」と言われたりした。

また試合後に会ったウルグアイ人やブラジル人には「すごい良いチームだったよ」「いい試合だった」などと言われ、一夜にして評価を覆した日本代表を誇らしく思った。

 

サッカーの醍醐味、1チームを応援する醍醐味をこれでもかというほど味わえたポルト・アレグレでの濃い2日間でした。

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そしてジャエウ。今回の旅を華やかにしてくれたのは間接的に彼のお陰だし、超応援してる。「サッカーに集中しろ」ってリプライしたサポーターに「俺は俺のこと気にかけてるからお前はお前の心配をしろ」とDMを送ってブロックしたり、ゲレーロより優れたフォワードという話題で自薦するあたりのメンタルは絶対に後半戦の東京に必要だとおもうし活躍してくれると信じてます。Vai Jael!

 

 

サンパウロでの記憶

観光の話とサッカーの話と。

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日曜日のサンパウロ

2日目の最初はサッカーミュージアムから。ここは3年前も訪れたけれど、何回訪れてもいいようなミュージアム。サッカー好きにはたまらない。

ブラジルの歴代のトッププレーヤーの功績やワールドカップ、サッカーの歴史などなどが展示されている。そんな中でもひときわ目立つのはペレ崇拝。ブラジルサッカー界、いやサッカー史を見た時にそれなりに長い時期彼の時代があったので当然といえば当然ではあるけど。

彼が国の英雄になったのは17歳でブラジルに初のワールドカップ優勝をもたらした時。そのエピソードを見るたびに久保建英にもそうなって欲しかったと思ったりする。

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サッカーミュージアムを後にして、次に向かうのはヘプブリカ広場。

サンパウロの日曜日は他の曜日とは毛色が違う。ヨーロッパ、いやキリスト教の国では大体そうだけれど、サンパウロはそれとも違う。

ヘプブリカやリベルダージの広場では蚤の市が開かれ、ハンドメイドの土産物や日用品が露店で売られている。普段はそんなに治安が良くないヘプブリカも、この日は盛況していて広場に関しては危険な雰囲気は感じなかった。

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ヘプブリカの露店を見て回ったあとはリベルダージの方の蚤の市へ。リベルダージといえば日系コミュニティの中心地。今は中国人とかが増えてきたらしいがそれでも日系人、日本人が多いのには変わりなく、蚤の市では日本にゆかりのあるものが多数売られていた。

しかしここサンパウロでの、明らかに顔は日本人に見える同年代くらいの日系ブラジル人たち同士がポルトガル語でコミュニケーションを取ってるのを見るとなんとなく不思議な気分になる。アイデンティティが揺らぐような感覚。

 

そんなリベルダージのすき家で牛丼を食べたあとは、セントロ地区のセー広場へ。

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日曜日のセントロは人が少ないから危ない、という話を聞いていたので街歩きなどはせず、観光はカテドラル・メトロポリターナにタクシーで行くのみに留めた。

タクシーで近づくや否や、ただならぬ雰囲気を感じる。広場にいるほとんどの人は浮浪者で、炊き出しにぞろぞろと集まるか、路上で寝てるか、近づいてきてポルトガル語で何やら捲し立てられるか。幸い警察が監視しているので今すぐにそこで何かされる、ということはないが、セー広場を徒歩で離れたらどうなるかはわからない。カテドラル・メトロポリターナをサクッと観光して、タクシーですぐにセー広場を後にした。

 

一旦宿に戻った後、サンパウロのショッピング街であるオスカル・フレイレ通り(清水にいそうな名前だよね)へ。

セントロの後に見るとギャップがすごくて、ここは表参道か、って感じでおしゃれなショップが並んでる。

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綺麗は綺麗だけど、おしゃれな場所とはすなわち自分にはあまり用のない場所。一通り歩いた後はパウリスタへ。ここに来れば何かしらがある。

普段はビジネス街なパウリスタは、日曜日は歩行者天国になるらしく、2キロにわたるサンパウロ最大級の大通りではそこら中でストリートミュージシャンによる演奏やパフォーマーによるダンス、大道芸が繰り広げられ、こういった場所におきまりの露天商からガラナを買い、それを飲みながらパフォーマンスを楽しんだ。

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あらためて、サンパウロという街の、ブラジルという国のエネルギッシュさ、陽気さに魅了され、ブラジルに住みたいという願望が再燃した。

 

平日のセントロの熱気

暗澹たる雰囲気を感じた日曜日とはうってかわって、月曜日のセントロ地区は熱気にあふれていた。

試合当日、やることもなくゴロゴロしたり買い物をしたりしていたけれど、やはりもう一度、セントロ地区へ行ってみたかったので、セーの隣の駅であるサンベントから、セーの方まで歩いてみることにした。

駅を出るや否や、通りは商人や観光客、地元民、ビジネスマンで賑わっていた。

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昨日閑散としていたところも店が開いてるとこんなに雰囲気が違うものかと。

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写真を撮る気にはやはりならなかったが、セーの広場も活気に満ち溢れていた。

昨日感じた雰囲気は、家を持たない労働者たちが安息日ということであるべき日曜日の過ごし方を行なっていたに過ぎないのかもしれないな、と少し反省した。

 

チリ戦

分かってはいたけれど、スタジアムに向かう道には圧倒的にチリ人の割合が高い。しかしこれは日本人と比べて、ではなくブラジル人と比べても、である。

ただし道中では写真をせがまれたり「コンニチハ〜」と声をかけられたり、と牧歌的な雰囲気。ただコパアメリカという本気の舞台でのこのサポーターの振る舞いは裏を返せばなめられてる、日本には勝つだろう、そう思ってるんだろうな、と思うとむしろ悔しい。

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スタジアムに近づくにつれてチリ人は自然発生的に馴染みのあるチャントを繰り返し、スタジアムに入っても圧倒的アウェイになることは想像に難くない。

道中たまたま会った日本人の知り合いなどと合流していき、自然と集まった日本人で、3回のゴール真裏に集まることに。

周りをチリ人に囲まれ、巻き込む予定だったブラジル人も今回はあまりいない。

それでもブラジル人を見つけては声を掛けて日本を応援してもらうように頼み、チリの歓声が収まった途端にニッポンコールをするなどして応戦。

ブラジル人をどうやって取り込むか、は前のリオ五輪の時に色々学んだけれど、それでも結果がついて来なければどうしようもない。

チリが得点を重ねるにつれて、チリはサポーターも余裕ムード全開になるし、日本を応援していたブラジル人も徐々にスタジアムを後にしだしてしまったり。

 

0-4という結果は仕方ない。戦術云々という話もあるけれど、いくら戦術が整っていても決めるところを決めなきゃ勝てないし、逆にいえば昨日だって決めるべきところで決めてれば結果は変わっていたかもしれない。

我々サポーターが、チリ人に満面の笑みで4本指を立てられ、ビバチレのコールを歌われるのを思い出すように、きっと上田の頭の中にも前半44分の決定機はしばらく頭の中に残るんだと思う。それを糧にして、今大会中に一つ結果が出ればいいな、と。

 

仕方がないとはいえ、「これがフットボールだよ」とか言われたり、4本指を立てられたりとかするとやっぱり悔しさが増すし、日本代表におけるこの大会の位置付けを考えても、勝ちに行って欲しいと思う。次のウルグアイはこれよりももっと強いだろうけれどきっとある程度は舐めてくるはず。そこで足元を掬って、本気になったウルグアイに本気で勝ちに行って、かけがえのない経験値を得られれば、と。

 

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ブラジル1日目

お久しぶりです。

3年ぶり2度目のブラジルに来ております。時差ぼけで眠い。

前回は成田→香港→バンクーバー→ニューヨーク→サンパウロで片道合計55時間というクレイジーな旅程だったのですが、今回は羽田→ロンドン→サンパウロで片道合計35時間という比較的まともな日程で来ております(感覚のバグ)

とはいえ、ロンドンについたと思ったらシステムトラブルで1時間くらいおりれなかったり、ロンドンついた途端一緒に行ってた友達の体調が悪くなって病院に行って飛行機にギリギリ乗ったり、その乗った飛行機はシステムトラブルで2時間近く飛ばなかったりともうサンパウロに来るまでにだいぶトラブル満載。

 

ロンドンから飛行機に乗ったらCAのほとんどはポルトガル語スペイン語しか通じず、"De onde e voce?"とか"Fala portugues?"とか聞かれて、懐かしい感覚を覚えると同時に、錆びついたポルトガル語を必死に思い出しながらコミュニケーションを取ったり。

 

日本を出る前は「ブラジル治安悪そうだなー怖いなー」と思っていたものの、いざ着いてみると思っていたほど悪くはないし、雰囲気で言えばインドの方がヤバい匂いを感じるくらい。そういえば前回行った時も行く前は「本当に強盗に襲われるんじゃないか」ってすごい思ってたけど帰ってきた時は「ブラジルめっちゃ楽しかったなー」という感じだったので、今回もそんな感じで乗り切れるといいな、と。

 

3年前はなかった空港からの電車が出来ていてそれに乗って市内へ。

市内でSIMカードを買って、チェックインしたのちにブラジルに来て初めての昼食。適当に入ったお店はブラジルでよくあるプレートを出しているお店。土曜日でフェイジョアーダがあるから、それとガラナを頼んだらサービスでカイピリーニャまで出してくれて、ブラジル初ご飯としては満点の食事。

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これを食べた後はコリンチャンスの元聖地、パカエンブーを横目に通り過ぎてコパアメリカのチケット引換所に。

並んでいるとやはりチリ人がかなり多く、ビールを飲みながらひたすらチャントを歌っていて知ってはいたけど早速アウェイを感じる。痺れるようなアウェイは久し振りなので怖さ半分、楽しみ半分笑

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しかしこうやってサポーターが集まって街で騒いでるのをみるとサッカーのお祭りに来たことを改めて実感しますね。楽しい。

チケットを換えた後はショッピングモールに行ったりして必要なものを買ったり。事あるごとに「あーここ3年前行ったなあ」とか「えーこんなの3年前にはなかった!」みたいな感じになるのでとても楽しい。

夜はパウリスタ通りとて少し物々しい雰囲気なので宿でゆっくり。昼のサンパウロは至って平和でした。

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明日はサッカーミュージアムとか、リベルダージとかに行って参ります。

 

FR2とのコラボの意味するところを考える

面白いことやってきたな。それが最初の感想。
FR2というブランドは聞いたことないけどどうやらオシャレなブランドらしくてストリートとかで国内外問わず人気らしいってことも調べたらわかった。


まあでも派手な色合いだし、普段使いとかはまあ無理なわけで。モデルが吉田凛音ちゃんだったから「おー!」って思ったけど、まじまじと見ると「いやーこれはたしてありなのか?」って思ったわけですね。

www.fashionsnap.com

ただまあこれを読んで、あのデザインにしても個人的に非常に納得が言ったというか。
きっとこのスウェットはFR2というブランドがあえてこの派手さの違和感みたいなものを逆手にとって利用して作って、そして吉田凛音が着るからドンピシャなものになってるのでは、と。多分これFR2のロゴがなかったら「なんだよこれ」ってなっただろうし、たぶん吉田凛音が着るんじゃなくて商品だけを白い背景バックにして撮っても「ん?」ってなってた気がするんですね。売れる売れないは置いておいて作品としてはかなりイケてるのでは、といろいろ考えて思いました。例として適切かどうかは分かんないけど、ピカソのあの独特の絵はピカソが描くからすげぇってなる、みたいな。


売れる売れないとかいう目先の利益以上に、東京がこういうブランドとのコラボをJの中で先陣を切るとは思ってもなかったんでちょっと嬉しかったりします。だって左に2羽のウサギがヤってるロゴ、右に東京のTのマークでしょ、めっちゃ尖ってるじゃんトーキョー。

しかもFR2というブランドは16万人のフォロワー(東京の5倍以上!)でそれなりに国内外の若手に影響力を持つ。そことコラボしてフィーチャーしてもらったってのはクラブのスタジアム外でのブランディングの構築の一歩としてかなり大きな意味があるのでは、と思います。FR2にクールなイメージを持っててなんとなくFC東京を知ってるような層にとって、FC東京はクールに映るんじゃないかなぁと。数年後に渋谷にスタジアムができてそこを本拠地にするとなれば、、、ってわけですよ。

個人的には東京ってJの中でもこういうのには無頓着なイメージがあったから、これはちょっと意外。今シーズンはチームの調子もいいし、こういうこともどんどんやって話題とかを作って波に乗って欲しいなぁと思います。

 

まあ、これはこれとして、クラブにはわれわれが普段使うようなのでいいのもたくさん作っては欲しいよね、とも思ったりします。

とはいえアンセムジャケットはかなり攻めてきていい感じだし、U23のアウェイユニフォームも個人的にはどストライク。NEW ERAとのコラボ商品も学生にはちと高いけどいい感じだと思うし、この感じでSHIPSとかBeamsとかのコネをつかって無難に使えるおしゃれなものもまた作っていってくれるとより良いな、とも思います。

あとはスタッフの着てるジャケット、このUmbroのウォームアップトップにエンブレムが入ったやつだと思うんだけど非売品にせずにガンガン売って欲しい(ユニフォームの長袖もついでに)

www.umbro-jp.com

 

いずれにせよ今後にとても期待が持てるな、って思った今回のリリースでございました。

Jリーグのアパレルでストリートスナップは成立するか?のその後

note.mu

 

だいぶ前にこんなのをやりました。賛否ともどもたくさんの意見があったわけですが、まあとにかく議論が生まれれば面白がってくれる人もいるわけで。

実はちょっと前から数人で集まって、これをもうちょっと本格的にやってみようよ、という動きがスタートしました。

www.instagram.com

方向性としては、Jリーグのアパレル使っておしゃれな感じで写真撮ってみたら面白くない?っていうところから、日常に溶け込んだりしたら面白いよね、とか思っております。

まあとはいえ自分がファッションに興味があるか、というとそういうわけではあまりないし、どっちかというとサッカー文化とかそういう方面に興味があるのでどの程度貢献できるかはわかりませんが…

とりあえずロゴとかは得意分野なので、デザインしました。日本っぽく、それでいてカルチャーっぽく、ということで蹴鞠をやっている人のアイコンに日本の象徴である日の丸を重ねて作りました。自分で作っておいてなんですがそれなりに気に入っております。

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まだこのアカウントは駆け出しなので、投稿7フォローも100人以下みたいな感じなわけですが、きっと面白くなってくるんじゃないかな、と思います。

個人的にはこっちが一方的にやるんじゃなくて、参加型というか、タグ付けとかハッシュタグとかを使って(名前が#jsnapなのもそれをもくろんでのことです)、JリーグのサポーターがJリーグの試合に行くときのファッションとかを投稿したりしたら面白いんじゃないの?って個人的には思っています。