備忘録

旅行とか、それに関する情報とか、応援とか、留学とか、コペンハーゲン留学とか。学生中心として、遠征や旅行の手助けになれば幸いです。

転機

最近はApple Musicに入ったのでいろんな音楽を聞いてます。日本の音楽ももちろんながら、友達の国の流行ってる音楽とかを教えてもらって聞いてたり。ドイツのロックはすげえドイツっぽくて好き

 

日本の音楽だとこれが個人的に一番きてる

最初から最後までけっこう普通に居そうなバンドなんだけどアボカドのインパクトが強すぎるんだよな。アボカドぶん投げたんだな。

 

この前2018年に行われるU23アジアカップの予選組み合わせが発表されて、2年前の同大会を思い出す。ある意味では今の自分の原点のような日々であり、どう考えても自分の大学生プランが大きく変わった1ヶ月だった。

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大学1年生、部活に入っていたためほとんどサッカーは行けずじまいだったけれど1月にオフがあると知って、初めてのバイト代で21日間のひとり旅を決意。カタールというよくわからない地への航空券を衝動買いしたのが2015年の夏。

今でこそめちゃくちゃ気軽に海外に行っているけれどこの時点ではまだ一人旅などしたこともなく、海外のホテルってどうすればいいの?トランジットってどうするの?何持っていけばいいの?状態で今思えば「航空券とっちゃえばなんとかなるやろ!」ってなかなか思い切ったなぁと。

で、出発。出発前日に経由地のトルコで大規模な爆破テロが起きてビビリまくりながらもなんとかカタールに到着。世界一つまらない国と称された国は予想通り観光面ではあまり面白い国ではなかった。というか、一人旅1発目にはあまりにも強烈すぎた。まず徒歩移動というものが致命的に向いてない国。そしてバス移動。これは現地の労働者しか使ってないのでよくわからない。慣れないイスラム圏。アラビア語の羅列。薄汚い街。そして最も苦労したのがとにかくぼったくりまくってくるタクシー。

ホテルに泊まるお金もなかったためCouchsurfingで見つけたカナダ人のおじさんの家に居候していたものの、ここが辺鄙な場所だったこともあって最初の数日でかなりカタールに懲り懲りしたというか、疲弊して早く帰りたいって思ったのが正直な感想。しかも一人できているので試合の日以外は暇。ショッピングモールはたくさんあるからいろいろ回ってみるも、入ってる資本は皆同じ。入口の近くにはだいたいコールドストーンクリーマリーがある。

んで、前述したとおり困ったのがぼったくりタクシーだったのである。なにが困るって、白タク(違法タクシー)はもちろん、Karwaっていうちゃんとした会社の運転手でさえ余裕でぼったくってくる。遠回りはするし、メーターは止めるし。動かせっていったら逆上するし、わざわざいきたいところじゃない場所に連れて行かれるし。そんなのが着いて初日から何回も続いたので「んだよカタールなんて大っきらいだしこの南アジア系の運転手も揃いも揃ってぼったくるし性格悪すぎだろ」くらいに思っていたのだけれど、

ある日のタクシーにて、いつものように勝手に途中でほかの客を乗せ始め(かといってひとりあたりが安くなるわけではない)、彼らを降ろしたあとに、「どこから来たんだ」「仕事か?」と聞かれる。東アジア系がめずらしいのでわりとよくある質問なのだが、その際に「日本からサッカー見に来たよ」っていったら「日本人は金持ってるでしょ、だから多く払うべき」とかいうまあタクシーのメーターなんてなかったかのようなことを堂々と主張しだしてそのときは「はぁ?」ってなったんだけれど、多分ぼったくってきた運転手みんなの思っていることだったんだろうなって今は思うし、旅の21日間でいろんなひとからカタールという国の闇深さを聞いているうちに、彼ら運転手のことを悪く言うのはやめにしようと思った。そんなカタールでの初めての気づきは、退屈で、不便な国だったからこそ生まれた発見だったと思うし、世界には自分の知らないこと、ネットからは得られないことがたくさんあるということを自覚させられたものだった。

 

で、目的のサッカーも、日本代表の優勝で締めくくり。このチームは、このチームを見ているサポーター、プレイしている選手、そしてスタッフの全員が、「どんなにチームが窮地に立たされようとも、絶対にまだ行ける」と思ってた、本当に諦めない集団だったと今でも思う。そしてなにより手倉森さんの采配が痛快だった。意図してることはよくわからなくても、ぴたりと当たる、競馬で1000万円賭けて全部スる勝負師ならではの采配だったと思う。そんな魅力的なチームが優勝した瞬間、それまで考えもしなかったリオデジャネイロ行きを本気で考え始め、仲間に声をかけ。

 

結局部活は辞め、ブラジルへ行き、「いつか留学できればいいかなー」くらいに思っていた考えはブラジルをとおして「今申し込むしかないな」という思いに変わり、今に至る。リオ五輪デング熱で40度の高熱出したりカード止まったり飛行機飛ばなかったりいろいろ大変だったけど間違いなくあの30日間は人生で一番濃い1ヶ月だったなと。

衝動買いした航空券が、インド人の運転手の嫌味が、手倉森監督の采配が、ブラジルであった人の一言が、自分の人生をすこしずつ動かしていて今に至ると思うと面白いなぁと感じるわけです。で、全てのことの背景にあるフットボールとかいう最高のスポーツ、最高。