他の人が旅に出たりしてるのをみて、自分が旅に出たくなる理由って何なんだろう?と言うことをたまに思ったりする。
綺麗な景色がみたいのか?文化に触れたいのか?承認欲求か?とか不毛な自問自答をする。別にそこに何かしら答えが見つかったからって何かスッキリするものでもないから本当に不毛。でも別に飛行機に乗って遠いところに行くみたいなことにはさほどの魅力を感じていないんじゃないか、というのは最近結構感じていて。
そんなことを考えながら久しぶりの海外に出張で行ってきた。自分で計画して、段取り決めて、調査して、とまあまあ大変だし気は重いのだけれど、それでも行くしかない。たまたま出国日が被ったバンクーバー行きの友達を空港で見送って、自分は何度も訪れた山奥へ。山奥での生活は刺激的だ。みんなで地べたに座って家庭料理を食べ、床で雑魚寝をし、朝はアザーンとニワトリの鳴き声で起き、薮を掻き分け沢を登って調査をし、森の中では様々な動物の鳴き声を聞き、調査が終わった後は川で水浴びして汗を流す。全てが普段の生活とは異なる異国の地で、五感全てで刺激を感じる生活をしていると、途端に「ああ、生きてるな」と生を感じる。人生、過ごしていれば過ごしているほど同じことの繰り返し、と言うものが多くなってきて、それイコールつまらないではないのだけれど、惰性でこなしているような感じがする。60カ国以上周って、旅行に行っても同じような景色であれば結局それも惰性。飛行機なんて死ぬほど乗ってとっくに飽きてるから惰性でしかない。でも、やはりその先にある景色から受け取れる刺激の数だけ生を感じて、その分だけ生かされているような気がする。刺激を感じるための感受性と好奇心だけは持ち続けて、それを満たし続けるような旅をしたり、景色を見たいな、なんてことをふと思った。(オチなし)
