備忘録

旅行とか、それに関する情報とか、応援とか、留学とか、コペンハーゲン留学とか。学生中心として、遠征や旅行の手助けになれば幸いです。

デンマークのいいところを発見する旅(序章)

11日間の旅から帰ってきて、数日は部屋も散らかったままでグダグダしながら過ごしたんですけど、だいぶまともな生活になってきました。

まともな生活っていったって3食自炊して、起きてる間はトランプの暴露本読むかやろうと思ってできていなかったことをするかアメリカのYoutuberの動画を見てるかの三択なんですが、それだときっと飽きが来るなって思って、もう一回くらい下旬にフラッと旅したいなって思ってたんですね。お金もそんなにないから低予算で。

最初に考えたのはSkyscannerで調べて安いところに行く、ということ。相変わらずイギリスとリトアニアがくっそ安くて、Ryanairの仕業だと一瞬で気づくわけですが、いまいち惹かれない。

次に考えたのはドイツにサッカーを見に行くの旅。見たいチームとしてはよっちの所属するマインツだったり、比較的すぐ見に行けるザンクトパウリハンブルグとかも見たい。けど、これは日程的にイマイチで断念。

じゃあどうしようかなーってなった時に、ひらめきました。デンマークのいいところを探そうじゃないか、と。

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ギリシャでもEU学生証が強かった件

ブダペストからベオグラードを経由してイスラエルまでが書くことが多すぎたので、アテネについてはあのテンションじゃあ書けないなって思うので、ちょっとした耳寄り情報を。

アテネといえばアクロポリスなどの史跡が非常に有名なのは皆さんご存知だと思いますが、ここでもパリ同様、EU圏内在住の学生、というステータスでいろいろ無料になったので書いておきます。

kerompa-tokyo.hatenablog.com

パリは「25歳以下のEU在住者」という区分なのに対して、アテネは「EU内の学生」という区分。ちなみにただただ学生ってだけでもある程度割り引かれるので学生証は忘れないように。確かこれはチェコでもそうだったはず。

で、どうなるかというと、史跡の入場料がすべて無料でした。

普通にアクロポリスの丘に入場しようとすると、20ユーロ。その周りの古代アゴラなどの広場との共通券で30ユーロします。学生にとってはまあまあするなぁって思いながらいろいろ調べてたらこれが無料になるらしい、という情報を見つけて、チケットを購入する際に学生証を見せると本当に無料でチケットをもらえました。

パルテノン神殿。これ自体は実はそんなに感動しなかった、というかなんでしょう、ギリシャについた時から体調が最悪で、しかもアテネってプラカ地区以外は素っ気ない街並みなんで、これを見た時も「まあこんなもんかー」くらいにしか思いませんでした、、

ただこうやって丘からアテネ市街を見渡すと壮観。ほとんどの家が白~ベージュの色で統一されてるのはいいなって思いましたし、伝統的な家屋を歴史都市に期待してしまうのは観光客のエゴなわけで。これはこれで首都としてのあるべき姿だよなぁと思わされました。

アクロポリス自体も、「これはいつこういう目的で作られて~」と言われても昔過ぎて実感がわかないんだけど、このくっそデカい丘だったり城壁を作った昔の人マジすごいなってそっちの方向で感動しました。

 

ちなみにアクロポリスの丘の共通入場券だけでなく、アクロポリス美術館にも無料で入ることができます。今回は時間がなくて行けなかったけど考古学博物館とかもいけそうな気がする。学術関連の施設が無料で入れたりするのはうれしいしありがたいですね。

 

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プラカ地区。カラフルでよい。

 

アテネもなんだかんだ言いながら結構楽しんだ気がします。今度来るとしたら夏だなーリゾート地を楽しみたいですね。

イスラエル2日目

さて、イスラエル2日目かつ最終日である。本当であればベツレヘムなども行きたかったが、日程が日程だけに効率よく回らねばならなかったのだ。
前日は体調不良のピークが来ており、胃痛と寒
気にやられていたが、起床してみると多少マシになっていた。
ホテルのビュッフェで7時過ぎに朝食を頂き、まずは岩のドームへ。岩のドームイスラム教の聖地である。聖なる岩なるものがここには存在するため岩のドームと言うらしい。
非常に混むと聞いていたものの、8:30に行くと全く並ぶことなく入ることが出来た。

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やはりイスラム建築というのは幾何学模様や植物文様、文字装飾が綺麗だなと思う。教会のフレスコ画などにも圧倒されることはあるが、やはりイスラム建築の装飾美には及ばないと個人的には思う。これらは全て偶像崇拝の禁止によるものだそうで、その結果基本的にほとんどのモスクの装飾は幾何学模様・文字装飾・植物文様で埋め尽くされるらしい。

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中は見学できないので、一通り見た後はキリスト教の聖地、聖墳墓教会へ。厳密にいうとキリストが有罪判決を受けた教会から、十字架に架けられた跡地である聖墳墓教会への道、ヴィア・ドロローサも回った。
これはイスラエルを離れてから知ったが、有罪判決を受けた教会だと思っていたところは全くの別物だったらしく、結果として第1,2留は訪れられなかった。とにもかくにも、ヴィア・ドロローサを歩いて聖墳墓教会を目指した。この道自体、知らなければただの道である。しかし道の途中から不思議と悪寒が走りはじめ、聖墳墓教会についた頃には全身鳥肌が立っていた。そして聖墳墓教会についた瞬間、不協和音のような鐘がちょうど鳴り響いた。偶然の産物ではあるが、なんとも不気味であり、結果として寒気が促進された。この寒気が、身体のコンディションによるものなのか、そうでないのかは分からない。けれどホテルに戻って身体を温めて以降は悪寒は走らなかったことを考えると、やはり宗教的な何かを感じずにはいられないなと思った。信仰の有無はおいておいて、自分のアイデンティティキリスト教である。何か祈る時は自然と聖書に出てくる神様が浮かぶし、初詣に行ったのも高校生になってからだし、お賽銭もほとんど投げたことがないし、改めて考えてみると一般的な日本人に比べるとかなりキリスト教色は強いと思う。今回のその不思議な経験も、そういったルーツがあったからこそなのかな、とも思った。

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ヴィア・ドロローサ

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エスキリストの眠っている場所。多くのキリスト教巡礼者がここを目指す。
チェックアウトまで時間があったので少し休んで、ギリギリの時間で出発、新市街へと向かった。
新市街に入ると、旧市街とはまた少し雰囲気が違う。旧市街のいかにも中東の市場、と言った感じとは違い、新市街ではイスラエル人がイスラエル人のために商売をしている色が強かったように思う。もちろんおみやげ屋さんもあるが、大多数は八百屋だったりファストフードのお店などである。こちらの方が生活色が強いので、より日常をリアルに感じられた。

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イスラエルは、除け者扱いされた歴史を持つユダヤ教の人々が一つの地に集まって作られた特殊な国である。なので勝手な先入観として、ユダヤ人しかイスラエルにはいないもんだと思ってた(パレスチナに住むアラブ系は置いておくとして)。しかしながらイスラエルでは信仰の自由も認められているし、それ故にムスリム系のイスラエル人もいる。イスラエルとはいえ、当たり前のようにモスクからアザーンは聞こえてくるのである。そもそもユダヤ人というのが一度散り散りになっていることもあって、多民族で形成されているのだ。
国際問題としてのイスラエルパレスチナ問題は解決に時間がかかるかもしれないが、ローカルではユダヤ人、ムスリム、クリスチャン、そして世界中からくる多様な巡礼者・観光客がうまく共存している、という事実に一番驚かされた。
彼らがお互いをどう思っているのかは分からないけど、少なくとも実生活レベルでムスリムであるという事実がイスラエルでの生活を不便にするような光景はあまり見えなかったように思う。またこれは個人的な推察ではあるが、自分と同世代とかだと、信仰心の薄れであったり、問題となっている事象が過去の事となってきていたりで、あまりそう言った事を気にしない人が多いんじゃないかなと思う。現に日中、日韓関係もそうだ。実生活レベルで反日感情を持った同世代の中国人、韓国人にあった事がない。それどころかほとんどが親日派である。過去にあった事は記憶にとどめておく必要があるが、それをいつまでも引きずるのではなくて、良い方向に持っていく必要があるし、持っていく事は可能だと思う。同じ事は南京に行った時にも感じた。
宗教のこと、国際関係のことなど色々なことを考えながらエルサレムからテルアビブまで移動した。

 

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イスラエルの広場。老若男女が楽しげに会話している姿は日本と全く変わらない。


エルサレムからテルアビブまでは16シェケル。500円程でいける。街の中心ではないが、バス一本で中心までたどり着く事ができる。

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エルサレムのバスターミナル。新市街にはこのような近代的な建物も多い。


まず向かったのはカルメル市場。ここもまた、ありとあらゆるものが売られているカオスな市場で、せっかくだからとヘブライ語で書かれたTシャツを購入した。

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次に向かったのはヤッフォ旧市街。アラブ系の人たちが未だに住んでいるテルアビブ南部の地区で、ここには蚤の市が広がっていた。ここでたまたま旧硬貨を売っていたのでこれもお土産で購入。現在のイスラエル通貨は「新シェケル・補助通貨としてアゴラ」だが、旧通貨は「シェケル・補助通貨として新アゴラ」というなんとも紛らわしいことになっているらしい。

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地中海に沈む夕日を見たいがために足早に旧市街を後にし、海岸沿いを歩いて良いスポットを探すことにした。
夕暮れ時、子供たちは浜辺ではしゃぎ、若者は釣りをし、それにおっさんが茶々を入れ、親子連れは手を繋いで散歩をし、老人は鳩にパンをやっている。犬を連れて散歩する人、猫とコミュニケーションをとる人、ひたすら昼寝をしている人…
ここイスラエルにも、世界中にありふれた日常が確かに存在していた。それを自分の目で確認できただけでも良かったと思う。自分が見たのはテルアビブとエルサレムだけだし、滞在もたった2日だ。他の場所はそうではないかもしれないし、これらの場所の人々だって心の中では恐怖を覚えているかもしれない。でも瞬間瞬間を切り取って考えれば、自分が見た光景は間違いは無いと思う。

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そんなことを考えていたらまもなく日の入りを迎えたわけで、これがとても美しかった。やっぱりこの辺の地域の夕日はなぜだか美しい。そして夕暮れ時に鳴り響くアザーンもまたとても美しい。

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飛行機は翌日の早朝の便だったので、カフェやレストランで時間を潰して空港に向かった。出国時は、行きとは比べ物にならないくらいあっさりとしたものだった。
これでイスラエルの旅は終わり。国際関係はかなり複雑だし、これが本当の意味で解決するのかどうかはわからないけれど、自分の見た子供の笑顔だったり、そこに存在していた日常はせめて続いてほしいな、と感じた。

イスラエル1日目

昨日今日のことがあったから飛行機から降りた時でさえもイスラエルに入れたという実感はなかった。ついてない時はとことんついてないから。
空港に入るとまずは入国審査。ここでかかる時間は人によってまちまちだそうだけれど、見た感じ何か特別な経歴とかを持ってない限りは1人2分ほどで終わると思う。聞かれたことに無難に答え、「何日間の滞在か」という質問に「2日」と言ったら呆れた顔をされながらパスポートと入国カードが手元に戻ってきた。
まあ何がともあれ、これで無事イスラエルに入国である。荷物も無事ピックアップし、ここでやっと緊張から解放されホッとした。どれくらいホッとしたかというと、椅子に座った瞬間膀胱が緩んで失禁しそうになったくらい。
まだこの時点で宿を抑えてなかったので、テルアビブ泊かエルサレム泊かを迷う余地があったが、エルサレムに重点を置きたいのでエルサレム泊にすることにして、シェルートという乗合タクシーに。全席埋まったら出発というシステムなので30分くらい他の乗客が揃うのを待って、いざエルサレムへ。
エルサレムへ向かい始めたのが16時ほどだったので、ちょうど夕焼けが綺麗な時間帯だった。夕焼けは地域によって見せる顔が違うけれど、個人的にはアラビア半島一帯の夕焼けはいつも美しいと思うし一番好き。初めての一人旅であったカタールでも、色々ついてないことだったり辛いこともあったりだったけど、その度に綺麗な夕焼けがそれを浄化してくれたということもそう思う一因だと思う。

そしていろんな人をホテルに送りつつ、旧市街の入り口であるダマスカス門へ到着。

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街中で喧騒が繰り広げられてる光景、ユダヤ教の黒装束を着た人々を見て、やっとイスラエルに来たんだという実感と感動が湧いた。身体的には疲れていたが、それを感じさせないアドレナリンが出ていたと思う。旧市街は思った通りで匂いや風景に懐かしさを覚えつつも、ヘブライ文字がいたるところに現れていたりするのが新鮮で面白い。

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インターネットカフェ、なんだかんだ海外で見たのは初めてかも。こういう感じのところは噂でしか聞いたことなかったので初めて見てスゲーってなった。
ダマスカス門から入ってまっすぐ進んでいくと程なくして嘆きの壁に着く。荷物検査をくぐり抜けるとそこにはテレビなどで観ていた聖地が確かに存在していた。熱心に祈る敬虔なユダヤ教徒の方々とは柵で仕切られてはいるが、ユダヤ教の平たい帽子をかぶって、うるさくしないなどの常識を守れば近づくこともできた。

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さて、旧市街を一通り見終わるとどっと疲れと空腹がきて、めまいに近いものを時折感じるようになった。これはまずいと思いながらなんとかホテルについて、斜向かいのケバブ屋で夕食。この二日間で自分の食欲が著しく落ちている事にショックを受けながらも、なんとか完食。しかし体調も明らかに悪化していて寒気を感じていたので、20時ではあるが大人しく寝る事に。

ちなみにホテルはパレスチナ側にあるホテルで、周りはアラビア文字の看板がほとんどであった。パレスチナというとこれまた危険な匂いのする響きではあるが、東エルサレムにおけるパレスチナは観光客目線で見た時は何か非常事態のような雰囲気は皆無で、他の中東諸国と変わらない。みな愉快そうに「ニーハオ」と声をかけきては「こんにちは」と訂正するおきまりの流れをやるくらいには平和だった。

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オリンピアコスFCの試合観戦方法

イスラエルの続きはまた書くとして(写真の貼り付けがめんどくさい)、オリンピアコスのチケットの買い方とかが少し面倒くさかったので書いておこうと思う。

チケットの買い方、値段

チケットはネットでも売っている。が、記入事項が多すぎてギリシャ在住とかでは無いと買えないっぽい。ということでネットでできることは残席情報の確認くらいである。

ということで基本的には現地で当日購入。これが意外と面倒くさかった。

まずチケットを購入するためには、ファンメンバーになる必要があって、これに10ユーロかかる。パスポートかIDが必要になるが、この場合のID=レジデンスカードなので、日本人はパスポートを持って行った方が良さげ。ファンメンバーにはスタジアムの19ゲート付近のオフィスで即時発行。ただ観光客はみんな発行する必要があるので、発行までに20分ほど並んだ。

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ここで発行したら、あとはチケットを買うだけ。チケットは最安5ユーロから。バックスタンド中央とかでも10ユーロとかなので、かなり安い方だと思う。ただチケットも試合開始ギリギリだとかなり並ぶ。

40分前にスタジアムに着いたけどそこからスタジアムに入るまでに1時間かかったので、最低でも1時間前には着いた方が良さそう。

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スタジアムアクセス

オリンピアコスの本拠地はアテネではなく隣町のピレウスアテネから行く場合は鉄道、地下鉄があるはず。まあほとんどの場合は地下鉄なはず。市内から大体20分くらいで駅について、スタジアムは駅直結なので迷うことはない、はず。

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不況のくせに立派なスタジアムだった。水曜昼間の最下位とのカップ戦ということでめっちゃ空いてたけど。

パナシナイコスは見に行けなかったけれど、こちらも当日購入可能らしいです。

長かったイスラエルの入国審査

これは完全に個人的な体験だし、おそらく同様の経験をすることになる人はほとんどいないとは思う。けど、イスラエルという国の出入国がかなり厳重に管理されてるという意味では良い例だな、と思うので書いてみる。

ここまでのあらすじ

まず1/6にブダペストから乗る予定だった飛行機がキャンセル、ブダペストからアテネまでの陸路縦断を決断し、1/6にベオグラードまでたどり着くがイスラエル行きを諦めきれず(正確には移動ばかりの縦断が想像以上に退屈で辛かった)、1/7の午前1時ごろにベオグラード→テルアビブのイズレール航空の直行便をTripstaを通して予約。eチケットの発行も午前2時ごろに確認して、11時のフライトに備えて就寝。
以下はその日のベオグラードニコラ・テスラ空港からベン・グリオン空港でのイスラエル入国までのお話。

空港着、そしてチェックインへ

航空券を当日に取ってるということ、オンラインチェックインができないという懸念事項があったので、念には念をで2時間半前の8:30に空港着。
空港に着くとチェックインカウンターのところには数人の係員が荷物をチェックしたり、カウンターの手前で乗客に質問したりと、見慣れない光景が繰り広げられていた。前日のWizzではこんなことはなかったので、おそらくイズレールならではなのかもしれない。
とりあえず列に並んで自分の番。パスポートを見せろと言われて見せると職員が名簿のようなものをチェック。どうやら職員の名簿には自分の名前がないようだけれど、これは当日予約なので想定内。慌ててeチケットを見せると、カウンター手前に案内された。
そしてそこからは職員との一対一の質問。「どこから来たの?」「何日滞在するの?」「どこに滞在するの?」などから始まり、「家族と最後にあったのはいつ?」「何をどこで勉強してるの?」「友達にアラブ人はいる?」「モロッコに行った時に一緒にいた友達の名前は?」など15分ほど質問されたと思う。質問責めに遭うらしい、という話は聞いていたのでここも特に驚きはなかった。「そこまで聞く?」とは思ったけど。
で、一通りの質問が終わった後、セキュリティマネージャー(一番偉い人)が来て、事情を説明。どうやらカバンの中身を調べる必要があること、カバンはどういうものであれ預けなければならないことを説明された。そして1時間後にまたカウンターに来てくれとのこと。

魔の1時間待機

昨日とは事情が違うとは言えど、「搭乗拒否」の4文字が脳裏をよぎり、気が気ではなかった。なんらかの理由で乗れないとなればベオグラードへ戻りそこからプリシュティナ行きのバスに乗らなければならないのだ。この1時間に朝食を取ったが、クロワッサン一個でさえ喉元をなかなか通らなかった。
そして1時間後。カウンターにはほとんど人がおらず、職員は諸々の片付けを始めていた。

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そしてそこには自分のバッグがない。「これはもしかして無事預け荷物に運ばれたのでは?」と思い少し期待が膨らむと同時に、出発1時間前の10時を過ぎても「Still wait here」と言われてなかなか呼ばれなかった。そして10:10頃に職員に呼ばれ、「身体チェックをする必要があるから、別室に来てくれ」と言われる。

別室で身体検査

そして別室では職員2人、自分の計3人となった。そこでまた同じような質問。正直ここら辺では割と精神的に疲弊していて、とにかく解放してくれの一心だった。詰問されて無実なのに自白してしまう、という冤罪事件が発生するのもなんとなくわかる気がした。とはいえ気を確かに持ってこれらの検査をスムーズに行わなければ、たとえ異常がなくても乗り遅れてしまう。
まずは上の服を脱いで、服自体と体を探知機のようなものでチェック。次にズボンをチェック、そしてズボンを下ろしてパンツまでチェック。ここまでの身体検査は流石に初めてである。まあ当然何もないので身体検査は無事クリア。
そのあと、「靴もチェックする必要がある」と言われて靴を持っていかれ、さらに「財布もバッグに入れてくれ」と言われ財布もカバンの中へ。手荷物は携帯とクレジットカード、1000ディナールのみとなった。
疲れが顔に出ていたのを気遣ってくれたのか、待ち時間に職員が水をくれたり、話し相手になってくれたりして少し楽になったのと、「疑いはほとんど晴れてるな」と感じつつあった。そこで「こんなにチェックするのって普通なの?」と職員に聞いてみたら、「当日予約だし、アジア人だし、1年でイスラム教国家に3回入国してるし、不審な点がたくさんあったからこうせざるを得なかったんだよ」と。そして話し相手の名札を見ると「イスラエル入国管理局」と書いてあった。乗客の全員が全員厳しいチェックを受けるというわけではないが、少しでも不審な客は徹底的にチェックするようで、要は自分は不審人物認定されたということであった。

出発15分前、ついに搭乗券をゲット。しかし…

まあでもこの辺りでは「もう8割くらいの確率で乗れるだろう」と思っていたので、搭乗拒否については考えないようにした。そして10:45 、ついにほかの職員が靴と航空券を持って戻って来た。ついに乗れるんだ、と確信した。しかし問題もあったようで、その人が言うには「靴に何かしらの問題があった。なので預ける必要がある。他に何か履物をもってるか?」と。当然答えはノー。

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誇張でもなんでもなくこの状態で飛行機に乗って入国まで行った。
そういうと、「上の階に行って飛行機の中で履けるスリッパを買いに行こう」と職員が提案。まあ靴下で乗るのも憚られたので職員と2人でダッシュで出国審査へ。時間もなければ荷物もないので30秒ほどで出国。そして免税店で片っ端からスリッパを探すもののどこにも売ってない。スリッパ探して乗り遅れるくらいなら靴下で乗った方がまだマシなので「もう探さなくていいから、ゲートに行こう」と提案するも「いや、ダメだ、絶対にスリッパがあるはず。あ、あそこにあるエレガントなブーツとかどう?149ユーロ」と言ってくる。この切羽詰まった状況でその冗談飛ばすってどうなんだ。
結局、「新しく靴下買えばいいのでは?」ということになってレッドスターの靴下を買った。これなら土産にもなる。そしてゲートへダッシュで向かう。

ついに搭乗

しかしここでもまた問題があって、「ごめん、バッグの中に入れてって言ったモバイルバッテリーが規約で預け荷物に入れられなかった。君の住所を教えて、そこに送るから」と。消耗しきったスマホを持つ現代人にとってモバイルバッテリーは必需品だ。これがないのはかなりの痛手だが、まあ乗れるだけありがたいと思って搭乗。結局機内でモバイルバッテリーが免税で売られていたので、少々高いが購入することにした。
3時間ほどで無事にテルアビブに到着。飛行機から降りようとすると、CAの方が「待って!これ!」と自分のモバイルバッテリーが。機内で支払った39ドルを返してくれという気持ちにもなったが、まあ面倒ごとは減ったのでよしとして靴下、モバイルバッテリー2個だけをもっていざ入国。入国審査では「2日間しか滞在しないよ」というと審査官に呆れた顔をされながら出国カードを渡され、あっけないくらい簡単に入国できてしまった。
かなり心労は大きかったけれど、これでひとまずイスラエルに入国が出来たのだ。48時間足らずの滞在だけれど、ここからまたワクワクした気持ちで冒険を続けられる、と心から思ったのだった。

 

後日談

イズレール航空/イスラエアの口コミを前日に調べてたら日本語の情報が全く出てこなかったのでおそらく日本人の利用はかなり珍しいんではないかと。空港スタッフの利用してるものがエルアルのものだったり、そもそもチャーター機で定期便ではないことだったりを考えるとそうそう使うこともなさそう。当日予約とか変なことしなければこれだけ厳重にチェックされることはあまりないそうです。

ブダペスト→ベオグラード 後悔と決断

空港からはとりあえずバスで市内へ。市内からベオグラードやらザグレブ行きのバス、鉄道が出てることは把握していたので、まだ期限が残っていた乗り放題パスで市内へ。
バスの中で色々調べていると、どうやらベオグラード行きは最短で12時に出発、17時過ぎに到着というルートだった。これでは日中を無駄にしてしまうのではないかということで、去年スロベニアで取ったような、国境付近の街まで行ってそこから国境を超えてまた国内の交通機関を使う、という手法をとることに。
Szeged(セゲド)というハンガリー南部の都市が大きそうだったので、バスの終着地点からそこまでの行き方を検索するとなんと10分後にそこまで行く電車が!8時に出て10時に着くので、ベオグラードまでは早く着きそう。次の電車は1時間後ということで迷う十分な時間もなかった。値段は1400Ftでリーズナブル、なんとかなるだろうと思って思い切って購入、電車に飛び乗った。

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車内。個室がいくつかあってそこに自由に座る形の電車であった。

 

十分な睡眠がとれていなかったので電車では爆睡、あっという間に国境の町、セゲドへ。

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ハンガリーの国内鉄道はここが終着地のことが多いのだが、まあ驚くほど田舎。何もない。どうやら鉄道駅と中心部が離れているらしいが、それにしても、である。
とりあえず駅のインフォメーションセンターでベオグラード行きの電車はあるかと聞いたら、乗り換え2回で20時に着くと。どういうルート取るの?って聞いたら「わからない」って言われて、信用ならないのでとりあえずパス。
ちょっと調べるとセゲドからセルビア側の国境へのバスがあるということだったのでそれを探しにバスターミナルへ。セゲドの駅からバスターミナルへまでは2キロほどで、バスやら路面電車を使うのが賢い。この時点でフォリントは全く所持していなかったのだけれど、運転手に「クレカで払えるよ」って言われたので路面電車に乗って向かう。クレジットカードで払えなかったから無賃乗車は申し訳なくなって途中下車、15分ほど歩いたところに確かにバスターミナルが。
インフォメーションセンターを片っ端から当たると、12:30にSubotica(スボティツァ)というセルビアの街へ行けるバスがあるとのことで、それに乗車することに。時間はあったので、若干危うい携帯とモバイルバッテリーの充電をカフェでして時間を潰す。


セゲド、聞いたことはなかったけれどこの国の規模からすればまあまあ大きい都市なのかな。一応外国資本も入ってたし、それなりに賑わってはいた。けどやっぱりここまでくると自分のイメージしていた「東欧」が姿を現してきて、ちょっとテンションがあがった。

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実はこのバスに乗るか否かは非常に迷っていて。というのも、このバスの終着地点であるスボティツァという街の情報が日本語はおろか、英語ですらほぼ何一つ出てこず、ベオグラードに行けるのかどうかすら定かではなかった。
この日中にベオグラードにつかないと後の行程も危うい。お金はかかるがセゲドからブダペスト の空港に引き返せば夜のターキッシュエアラインズでエルサレムにも行けるし、機内食やら何やらも楽しめる。今考えれば後者が圧倒的に正解だ。しかしこの時点でもまだ冒険心は薄れていなかった。「それでもいいのか?自分」と問いただして、何も情報のない町、スボティツァに向かうことにした。

いざバスが来たので乗ってみると、如何にもな汚らしいボロボロのバス。まあ1000Ftなので文句はないけど。

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パスポートチェックのある陸路国境越えはなんやかんやはじめて。バスだったので、一度全員下ろされて、出国と入国を2回ずつ行う。一般車の方は混んでたけど大型車は空いていたので計30分弱で入国できた。セルビアは日本を除いて30カ国目。セルビア語が公用語で、キリル文字も多くなって来ていよいよ東欧に入ったなと実感。
ほどなくしてスボティツァに着く。そこはバスターミナル以外本当に何もなかった。この状態で鉄道駅を探すのもナンセンスだろうと思い、そこのバスターミナルでベオグラード行きのバスを探すことに。そうすると思った以上に頻繁にベオグラード行きが出ているので、10分後のベオグラード行きのバスを1080ディナールで購入。所要時間は2時間半。
とりあえずベオグラード行きが決定した安堵の気持ちを抱いた反面、イスラエルに行かないという選択をしたことに対する後悔もじわじわと湧き上がってくる。アテネまで陸路というのはどう考えても移動メインの旅になってしまうのである。ゆっくりする暇もない。
「何やってんだろうなー」と思いながら、広大な草原と、ここ半年で一番美しい夕日を眺めながらベオグラードに到着した。

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さてベオグラードではやることがいくつかあって、まず夜をどうするかを決めねばならなかった。南に向かう夜行バスや夜行鉄道はたくさんあるので、それを使ってさらに南に進んでおくのか、それとも一旦ホテルに泊まるのか。かなり迷ったものの、疲れがたまっていたこと、ここから先あまり大都市がないこと、プリシュティナは夜行で行くには近すぎることなどを考慮して、次の日12時発17時半着のプリシュティナ行きのバスを予約し、ホテルもBooking.comで予約。ホステルのが安いが、精神的に1人でゆっくりしたかった。
もうこの時すでに17時すぎ、結局ブダペスト からの直行バスに乗ったのと着いた時間は変わらなかった。とにかく腹が減っていたのでベオグラードでおすすめと言われたハンバーガーレストランへ向かう。23時までオープンのはずだったが、行くとすでに店じまいの準備をしており、聞くと「もう閉めるから」と言われてしまった。街の中心街はイルミネーションが点灯していたり、音楽隊が音楽を鳴らしたり、かなりの人通りなのにおかしい。ということでトリップアドバイザーで調べた2軒目へ。しかしながらそこでも1軒目同様のことを言われたので「今日は何か特別なの?」って聞くと、「クリスマスイブだよ」と。ここであのイルミネーション、クリスマスマーケットのような出店、所々のクリスマスツリーと全てに合点がいった。セルビア正教では1/7が降誕祭らしい。というわけでとりあえずホテル付近でお店を探すもいいところがなく、とりあえずホテルへ向かう。

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音楽を奏でる人々。


しかしホテルがいくら探しても見つからない。口コミをみると見つかりづらいようだが、それにしてもない、全くない。看板すらない。幸いキャンセルは無料だったのでキャンセル。またホテルを探すことに。大丈夫そうなホテルを再度予約して、そこに向かう途中のピザ屋で夕食。ここで出会ったセルビア人の同年代の3人と色々話したけど、セルビアはかなりサッカー人気が高く、レッドスターにいた鈴木隆行や、ネマのことも知っていたり。落ち込んでいた気持ちが少し和らいだ。
以前Couchsurfingで泊めたクロアチア人に、「東欧、特にザグレブは人種差別主義者が多いから気をつけた方がいいよ」と言われたけれどセルビアはそうではなかったと思う。これはユーゴスラビア時代に公共バスが日本から寄贈されたことだったり、同国のレジェンドであるストイコビッチが名古屋でプレー・監督を務めたことなどがあって友好的な態度を取る人が多いのかなと思う。人種差別主義者が多いと言ったってせいぜい国民の1%くらいだろうし、一夜で出会った数人では分母が小さすぎるというのもあるだろうけど。

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ホテルもすごい良いところで、アメニティもさることながら、「日本から来たのは君が初めてだよ」って言ってセルビアシャルドネワインをくれた。ホスピタリティに感動してまた少し気持ちが和らぐ。この時点でまだ19時だったのでまだ観光はできたが、それが出来るほどの気力もなく、軽く衣服の洗濯をして、シャワーを浴びて即ベッドに。
しかしながらまだ眠くもないのでちょうど連絡を取っていたアメリカにいる友達と電話したり、色々と明日のことを調べたりしていた。ここら辺で薄々気づいていたのだが、近くにクラブがあるため、重低音がかなり漏れて来ているのだ。気にしなければ良いだけなのだが、なんせ音がそれしかないため気付いたが最後めちゃくちゃ不快。少しだけ聞こえるってのが尚更。イヤホンをして音楽を聴いて気を紛らわそうとするも、音楽に集中したがために数週間前の楽しい思い出を思い出してしまい余計に寝れなくなり。
「冒険心」とか言って考えなしにベオグラードまで来てしまった自分をぶん殴りたい気分になったし、本当にこの日は何から何までついてなかった。情けないけれど、親だったり、彼女だったりと電話をして3時くらいまで気を紛らわしていた。

その傍ら、「ベオグラードからめちゃくちゃお金と時間をかけてアテネに行く旅が本当に楽しいのか?まだ今からでもエルサレムに飛べないか?」と思ってスカイスキャナーを開いて検索すると、11時ベオグラード発のテルアビブ行き直行便が12000円で売ってる。ベオグラードまで飛んでそこからテルアビブ、というルートなら絶対補償も効くし、きかないにしても10000円ならアテネに向かう費用とどっこいどっこい。イズレール航空という聞いたことない航空会社、当日にTripstaで予約、ということでリスクはあったものの、やってみないとわからないし、こっちの方が"冒険"としては正しい選択肢なはず。
そう思い普段よりかは慎重になりながらも航空券を買って、翌日に備え眠りについたのであった。

翌日、無事7時に起き、シャワーを浴びて荷物を詰めて空港へ。昨日よく見えなかった街を見ると、コンクリートで作られた建物や、無機質なビルが比較的多い。いわゆるヨーロッパ的な華々しさはこの街にはあまりないが、それがいいところなのだと思う。そしてあまり観光すべき場所がないところだからこそ、もっとゆっくり滞在して日常を感じてみたいなと思った。

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空港行きのバスが出ている広場まで歩いていると、アジア人っぽい顔立ちの人が遠くに見えて、すぐにブダペストのホステルで隣のベッドにいた人だと分かった。声をかけるとびっくりした様子で、「なんでここにいるの?」と。皆にはイスラエルにいると言っていたのでそれもそのはずである。他愛もない会話を数分交わしてお別れ。これから会うことがあるかどうかは分からないけど、なんとなく直感でまたどこかで会う気がする。
そんなことを思いつつ、二度目の正直を達成するために空港行きのシャトルバスに駆け込み空港に向かった。

 

つづく