備忘録

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コルカタという街

インドの地を踏む

インドの空港に着いたのは夜の1時。

この時間から市内に出る方法とかを調べたものの大体の日本人は空港泊をしていると言うことで、同じように空港内で世を明かすことにした。

税関を抜けたら少し危険な気もしたので、荷物を受け取る場所の椅子に座っていた。考えることは同じようで、その後日本人が何人か同じ場所に来て数人で荷物を見張りながらよを明かすことに。

うち一人がインドに行ったことがあって、「バラナシで信用していい日本語喋れるインド人が一人だけいる」とかいろんなことを教えてもらい、気づけば朝8時まで空港内で過ごしていた。

空港の外に出て、ATMで無事お金を降ろしたあと、早速タクシーのところで交渉が始まる。プリペイドのタクシーで、街中まで行くなら一人300ルピーで連れてってやると言うのだ。そんなわけはなく、結局公式の受け付けで2台で600ルピーで乗れたので、一人300ルピー=合計1500ルピーは飛んだぼったくりだ。

 

圧倒的な光景

タクシーで市街地に向かってからと言うもの、全ての光景に圧倒された。人と犬が同じように路上で寝て、車は常に様々な音色のクラクションを鳴らし、日本では考えられないような密度の家、側溝から湧き出したグレーの水で洗濯する人、歯磨きする人、はたまた調理器具を洗う人、とにかくその光景に釘付けになった。

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他の日本人とタクシーをシェアしてたこともあって、ホテルのあるエリアまではタクシーで辿り着けたものの、そこからは住所だけを頼りにひたすらホテルを探し歩き、30分ほどうろうろした結果なんとかたどり着いた。この時点で午前10時。

じつはコルカタで1泊するのを決めたのが前日の夜だったので、そこから先は8日にバラナシにつく必要があること以外なにも決まっていなかった。なので、とりあえずネット回線の確保と7日のコルカタからバラナシ行きの電車を確保することに。

 


列車のチケットセンターは駅から少し離れたオフィスで、そこまではタクシー。前日にチケットの売れ行きを見たところほとんど売り切れになっていたので不安になっていたが、いざ買いに行くと普通に売っていた。インドの列車にはスリーパークラスから3,2,1等級まであり、3-1がエアコン付きだった。スリーパークラスは睡眠環境よりむしろ客層が良くない、と言われたので、残り2席の3Aクラスをなんとか予約した。

予約の合間にお腹が空いていたので、路上で売っていたジャガイモのカレーとチャパティを食す。これがとても美味く、それでいて10ルピー。今の所お腹も大丈夫だし、路上のポテンシャルを思い知った。

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列車の予約後はローカルバスを使ってSIMの販売場所へ。露天商のお兄さんに頼んでアクティベートをしてもらったのですぐに使えるように。

 

正解のない問題

次なる目的地はSIMを買った場所から程近いニューマーケットのはずだった。そして向かってる途中にある男が話しかけてきた。

彼は名前をカーンと言い、日本に行きたいから日本語を勉強している、と言っていた。

日本語で喋りかけてくるインド人には要注意、とはいうものの、彼に「今喉乾いてるからなんかオススメのジュース屋さん教えてよ」といったら「コルカタで一番美味いラッシー屋さんがあるから連れてってあげるよ」と言われたこと(実際そのラッシー屋さんは本当に美味しかった)、そこでの会計も払わせるわけでもなく、奢ってくれるわけでもなく、といった感じであったこと、「俺は店やっててお土産売ってるけど、無理やり売ったりはしないから」と言ってきたことなどもあって、少し信用してもいいかな、という気はその時していた。

しかしここはインドである。

というわけでコルカタの詐欺師情報を調べると、どうやらこの手の詐欺は割と良くあるらしい。

ラインを交換した時も「これ弟の名前」っていってたし、いかにも怪しいのだ。

このままのこのこと彼の店について行ったらどうなるかわからないので、「ごめん後でまた連絡するよ!」って言ってさっと握手し、そそくさと別れた。

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詐欺の情報を載せてる人は、大抵実名を載せていたのでまさかと思いLINEの名前を調べてみると、騙されたという話は出てこない。むしろいい話しか出てこないのである。ただ彼のLINEの名前は弟の名前だし、そもそもどこにでもいそうな名前だ。そして詐欺にあいました、と言う情報にもいくつも共通点がある。

これで普通にいい人だったら悪いことをしたな、とは思ったけれど、そもそも親切に仕向けて最後に騙すって言うのを実際にやってる人たちが一番悪い。そしてそう言う事態に直面して初めて、空港で言われた「バラナシにはひとりだけ信用して良い人がいる」と言う情報の大事さがわかった。

別れ際の向こうの顔は険しかった。これが「カモにならなかった」の表情か、「普通の人なのに詐欺師だと思われてしまった」の表情かは分からない。


彼と別れた後、すぐに5歳くらいの子供が付いてきた。お金が欲しいのかと思いきやどうやら食べるものが欲しいらしい。

その時に食べるものを持っていなかったので、取れる手段はその場で彼女に何か買ってあげるか、逃げ去るか、だった。

後者を取ろうと思うも、なかなかしつこく付いてくる。

あまりこういう時にあげるとそれを見た他の子供がねだってきてキリがない、みたいなのは良くあることなので、どうしようか迷ったがとりあえずその子の欲しいものを買うことに。彼女が指差したものは88ルピーだった。日本円からすれば大した額ではないがインドでは3食まかなえるくらいのお金。買ってしまっていいものか、とも思ったものの買ったら、女の子は照れ臭くハグをして、手を振って去って行った。そのちょっとした子供臭さが、この行為を肯定する要因になった。

ビクトリア記念堂


この2つの正解のない出来事が立て続けに起きたせいで、かなりどっと疲れたので、切り替えるために観光地であるビクトリアモニュメンタルに行くことに。

ビクトリアモニュメンタルの庭園には物乞いもいなく、中にいるのも観光客か家族連れの地元民。写真を撮ってーとかTiktok映ってーとか、そんな長閑な場所だった。最初ここコルカタに来る前は、インドにわざわざきて英領時代の場所に行く意味なんてなくない?と思っていたが、自分のようなインドが初めての人間にとって、インドは全てが圧倒的かつ受け取る情報量が桁違いで、そんな頭を休めるのには好都合な場所だったように思う。

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ビクトリアの庭園でボーッとしていたら閉園の時間が来てしまい、6時ごろにビクトリアを後にし、その後夕食、デザートを食べてホテルに帰ると泥のように眠ってしまい、朝を迎えた。

 

スラムの存在

水しか出ないシャワーを浴びてチェックアウトした後はまず朝食を。玉ねぎや青唐辛子の入った卵焼きをトーストにのせたやつが人気らしく、それを路上で食べて活動開始。

カメラをぶら下げてぶらぶらしてると、だんだんと道が細くなり、こちらを見る目つきが鋭くなってきた。すると、カメラを向けたわけでもないがおじさんが早口のベンガル語でまくし立ててきた。何を言ってるかはわからないが、「カメラをしまえ」と言ったようなことを言ったのだと思う。とりあえずカメラはしまうものの、すごい勢いで怒るわけでもなく何人か数人で必死に物事を伝えようとしている感じが伝わった。とにかくそこにいることが身分不相応なことは分かったので、そそくさとそこを後にすることにした。そこから一本入ったところは、映画やドキュメンタリーで見たことのあるスラムだったから、地元の人々がそうやって教えてくれたのも無理はない。

 


そこを抜け出して大通りへ出てからの、駅の方へ向かう道も強烈だった。

夥しい数のハエ、甘いものに群がるハチ、生臭さと獣の匂いと糞の臭いが混ざったような臭い、路上でものを売る人、道に横たわる人、狂犬病にかかった様子を見せる犬、鶏を捌いてる商人のよこで今にも殺されそうなニワトリ、クラクションを鳴らしながら通る車やリキシャ、とにかく見たことのない光景を脳内で理解するにはそれなりに頭を使う、ということがよく理解できた。インドは汚いとか人柄が嫌だとか、そんなことをよく聞くけれどそこは個人的には全く問題ない。とにかく強烈なのだ。強烈すぎて頭が疲弊して、時折日本に帰りたくなる。2日目の時点ではそう言った感じ。

 


そのごヒンドゥー教の寺院であるカーリー寺院に行ったものの、何が行われてるかはよくわからず、とりあえずなされるがままにオレンジ色の信仰の証をおでこにベタっと塗られただけだった。カーリー寺院から程近いベンガル料理屋で昼食をとる。

 

帰るべき場所

その後の予定は決めていなかったものの、メトロに乗ってナコーダ・マスジットという寺院に行くことにした。メトロの駅に向かう途中で、若者の集団にあった。ニコニコしながらこっちを見てきて、片言の英語で喋りかけてきたので、「写真撮ってもいい?」って言ったら「撮るならこっちのがいいよ、こっちきて」というジェスチャー混じりの英語で言われるがままに行くと、そこには神様の像と巨大なゴリラのモニュメントがあった。謎だ。

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で、彼らに言われるがままに写真を撮ると、小さい子などとにかくそこの町中の子供達が群がってきて、「ぼくも」「わたしも」と大写真撮影大会。あーこれがよく聞く「インド人の子供にカメラを向けると『撮って!』って言われるやつか」となった。実際二日間移動してみて感じたこととして、言われるほど写真を要求されないし、むしろ敬遠する割合が多い気がしたが、それはそれで頷ける。思うに写真は富の象徴みたいな感じだろうし、今はそこまで珍しくないはず。別に撮られたからといって彼らに旨味はないわけで。多分自分がインド人だったら嫌がる。だから、店にせよ人にせよ、写真を撮るのは頼まれた時か、しっかりコミュニケーションを取ってからにしよう、と感じた。実際ここで子供の写真を撮っていた時も、彼らの母親、祖母の世代の人たちはそんなににこやかな感じではなかった。

とはいえ現代である。集団のうちの何人かはスマートフォンを持っていたので、facebookやWhatsappで連絡先を交換して写真を送ると、とにかく喜んでくれ、そのあとは子供とサッカーをしたり、子供が「こう撮って!」というのをひたすら撮るカメラマンになっていた。これはこれで心地が良いもので、何よりその写真が子供達に届く、というのがとても嬉しかった。日本のものも持っていなかったので、もてなしてくれたお礼も出来なかったが、写真がそれの代わりになるのであれば良いな、と。

1時間ほど彼らと遊び、もう時間だから、と行こうとすると最初に声をかけた高校生くらいの子たちがチャイでも飲もうよ、といって一緒にチャイを飲んで駅まで送ってくれた。

全く観光地でもなんでもない場所での偶然の出会い。旅をしてての出会いは一期一会なことが多いけれど、彼らはきっと一年後も、二年後もあそこにいるだろう。また今度ここに来ることを約束して、メトロに乗った。

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そして予定より1時間遅くナコーダマスジットをみたが、まあこれもムスリム寺院で中に入るのは気が引けたので、外側から見て引き返した。コルカタはあんまり見るものないよ、と聞いていたがそれはそうである。見るものは特にない。が、生活を感じられる街という意味では凄まじく魅力的で、圧倒的だった。

そして顔にはあまり出さないがインドの人は基本的に優しいし、とてもポジティブな印象。一方で、自分が普段日本やデンマークで接していたインド人はエリート中のエリートなんだな、ということも思い知らされた2日間だった。

これからバラナシに向かいます。

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